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大阪高等裁判所 昭和61年(う)381号 判決

控訴人 被告人

被告人 錫谷光介

弁護人 仲野旭 外一名

検察官 八木廣二

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人仲野旭、同山本健三共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官八本廣二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨に対する判断に先立ち、職権によつて調査すると、原判決は以下の理由により破棄を免れない。

すなわち、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、暴力団加茂田組内政心連合会舎弟であるが、大阪市交通局発注の大阪市営地下鉄御堂筋線中百舌鳥(原判決に中舌鳥とあるのは誤記と認める。)検車場建設工事を落札受注した鹿島建設株式会社大阪支店他四社が、同工事の施工に伴う残土処理の下請工事を共和産業株式会社に下請けさせる予定にしていたところ、右予定を覆えして株式会社松本組(代表者松本清美)に下請けなさしめようとして、右鹿島建設株式会社土木管理部長若月宏之らを脅迫しようと企て、政心連合会々長矢倉厚幸、暴力団加茂田組舎弟川端義炭、石田吉信と共謀のうえ、昭和五九年三月五日ころ及び同月六日ころの二回にわたり、大阪市西区靱本町一丁目一一番七号信濃橋三井ビル鹿島建設株式会社大阪支店の四階の応接室において、応持に出た右若月宏之及び同社総務部次長大空康博に対し、右矢倉において、暴力団員であることを示す名刺を差し出したりしながら、こもごも『お前とこが圧力かけとるからわしらが来とるんじやい。お前とこは天下の鹿島か知らんけど、うちも天下の加茂田や。』『なんで地元の業者を使わんねや。地元の業者使わへんかつたら工事できん様になるぞ。妨害が出ても知らんぞ。』『泉州で仕事ができん様になるぞ。』『共和一本に仕事させるんやつたら、仕事ができん様になるぞ。わしら黙つてへんぞ。毎日ここへ押しかけて来てやる。』『極道の話のわかる奴はおらんのか。』『いつたいわしらをどない思とるんや。』『鹿島は加茂田組に弓を引いた。相手にとつて不足はない。いつでも受けて立つてやるからそのつもりでおれ。』などと語気鋭く言い、もつて暴力団加茂田組の団体の威力を示し、かつ、数人共同して右若月らの生命、身体及び同社の営業等に如何なる危害を加えるかも知れない旨気勢を示して脅迫したものである。」と判示し、罰条として、暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二二二条一項)、罰金等臨時措置法三条一項二号、刑法六〇条を掲げ、被告人らの判示行為は、包括して暴力行為等処罰に関する法律一条の集団的脅迫罪にあたるとしている。このように原判決がその罪となるべき事実の判示において、本件脅迫行為の加害の対象として、鹿島建設株式会社大阪支店の土木管理部長若月宏之及び同総務部次長大空康博(以下、若月らという場合は、この両名を指す。)個人の生命、身体と並んで、「同社の営業等」すなわち鹿島建設株式会社の営業等をも挙げているのは、それが若月ら個人の生命、身体と並記されていることや、被告人らの脅迫言辞として列挙される中に、明らかに「同社の営業等」に向けられたものと理解されるものが含まれているばかりでなく、その文言を表現どおりに解する限りそれが脅迫言辞中の大半を占めていることからすれば、単なる事情としてではなく、本件脅迫罪を構成する事実の一部としてであることが明白であるが、それも本件をもつぱら若月ら個人に対する脅迫罪として、換言すれば、害悪の告知を受けた相手方は若月ら個人のみであり、ただその告知された害悪の内容に若月ら自身の生命、身体に対する加害のほか「同社の営業等」に対する加害が含まれるものとして構成しているのではなく、本件を若月ら個人に対する脅迫行為と右会社に対する脅迫行為との両者、すなわち若月らに対し同人らの生命、身体に対する加害を告知した点と右会社に対し若月らを通じて「同社の営業等」に対する加害を告知した点の両者を含むものとして構成しているものと解される。

ところで、刑法二二二条の脅迫罪は、刑法体系上、生命、身体に対する殺人の罪、傷害の罪に引き続き、人身の自由に対する罪として、逮捕・監禁の罪及び略取・誘拐の罪と並んでそれら両者の間に置かれ、人の意思活動の平穏ないし意思決定の自由をその保護法益とするものであることにかんがみ、さらに同条各項の文言自体をも参照すると、同条一項の脅迫罪は、自然人に対しその生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加えることを告知する場合に限つて、その成立が認められ、法人に対しその法益に危害を加えることを告知しても、それによつて法人に対するものとしての同罪が成立するものではなく、ただ、それら法人の法益に対する加害の告知が、ひいてその代表者、代理人等として現にその告知を受けた自然人自身の生命、身体、自由、名誉又は財産に対する加害の告知に当たると評価され得る場合にのみ、その自然人に対する同罪の成立が肯定されるものと解される。そして、この解釈は、同条一項を構成要件の内容として引用している暴力行為等処罰に関する法律一条の集団的脅迫罪についても、そのまま当てはまるといわなければならない。翻つて原判文をみるに、原判決が、上記のごとく、加害の対象として「同社の営業等」を掲げ、若月ら個人に対する脅迫行為と上記鹿島建設株式会社に対する脅迫行為とを並記し、右会社の営業等に対する加害の告知が、ひいて現にその告知を受けた若月ら自身の法益に対する加害の告知に当たると評価され得ることを示すような事情を全く摘示していないことからすれば、原判決は、若月らに対する脅迫罪を構成する事実と右会社自体に対する脅迫罪を構成するものとする事実とを認定、判示し、この両者に対し暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二二二条一項)を適用したものと解される。そうしてみると、原判決は、上記説示から明らかなように、罪とならない事実を犯罪事実として認定、判示して、これに刑罰法令を適用したことになり、それは法令の解釈、適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

なお、かりに、原判決はもつぱら若月ら個人に対する脅迫罪を認定しているのであり、従つて原判決が加害の対象として「同社の営業等」を挙げているのは、若月ら個人に対して告知された害悪の内容としてこれを摘示したものと解し得るとしても、刑法二二二条一項を構成要件の内容として引用する暴力行為等処罰に関する法律一条の集団的脅迫罪において、加害の対象となる法益は害悪の告知を受ける自然人自身の法益に限られ、第三者である法人の法益に対して危害を加えることを告知しても、それがひいてその自然人自身の法益に対する加害の告知に当たると評価され得る場合でない限り同罪の成立しないことは、上記説示によつて明らかであるところ、原判決は、上記のように、「同社の営業等」に対する加害の告知(それは原判示脅迫言辞の大半を占めている。)が若月ら自身の法益に対する加害の告知に当たると評価され得ることを示すような事実を全く示していないのであるから、原判決が罪とならない事実を犯罪事実として認定、判示して、これに刑罰法令を適用しているのは前同様であつて、原判決には法令の解釈、適用の誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

よつて、論旨について判断するまでもなく、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りがあるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、更に審理をさせるため(原判示脅迫言動のうち、いずれが上記会社の営業等に対する加害の告知であり、いずれが若月ら個人の法益に対する加害の告知であるとみるべきか、また右会社の営業等に対する加害の告知がひいて若月ら自身の法益に対する加害の告知にあたると評価され得るような事情が存在するか否か、などの点について更に審理を尽くす必要があるので、当裁判所による自判は相当でない。)、同法四〇〇条本文により本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 鈴木清子 裁判官 松浦繁)

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